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【感想・紹介】心臓を貫かれて 訳:村上春樹/人の運命は生まれる前から決められているのか

 タイトルからすると昔のヨーロッパのロマンス映画か何かかな、という感じだが、そんんな爽やかな内容とは程遠い、かつて全米を震撼させたという殺人犯、ゲイリー・ギルモアの人生を辿った暴力の嵐が吹きすさぶノンフィクションである。
本書の特筆すべきは、アメリカの死刑制度に大きな影響を与えたその死刑囚の実弟が書き記したところにある。

実際にこの殺人事件が起こった1970年代当時は、別の著名な作家によってゲイリーやその人生についてまとめられたノンフィクションや、それを元にして映画も作られているが、本書は実の家族による手記という形をとった貴重な作品を、日本では著名な作家村上春樹氏が翻訳したものである。

 

心臓を貫かれて

心臓を貫かれて

 

 

心臓を貫かれて 上 (文春文庫)

心臓を貫かれて 上 (文春文庫)

 

 

ノンフィクションではあるものの、ノンフィクションとは思えないような(思いたくないような)現実と、著者の主観や感情が大きく介入している点や、村上氏特有の文体も相まって私小説的な性格が強い作品だといえる。
翻訳物とはいえ、あたかも村上春樹小説を読んでるかのような錯覚を起こさせる世界観の構築力はさすがというべきか、平易な文章なので読みやすいのは間違いないが、好みが分かれるところであると思う。

陰鬱で凄惨でハードボイルドでもありセンチメンタルでもあり、村上春樹的な世界観とある意味絶妙にマッチしているとも思えるような内容の本書だが、単なる犯罪事件を解き明かすための実録にとどまらず、我々の誰しもが学ぶべき人生のエッセンスが多分に詰まった作品だと思うし、もっと多くの人に知ってもらいたいと思った本である。

 

 

著者マイケル・ギルモア氏は、ゲイリーが何ゆえ殺人を犯すに至ったかについて分析するため、ゲイリー個人の人生にとどまらず、父、母、さらにその先祖まで遡り考察している。
そこから分かるのは、ギルモア家は先祖の代から暴力にまみれており、そこには宗教も深く関係している。
父、フランク・ギルモアは全米を渉り歩く詐欺師であり、片手では数えられないほどの離婚歴と隠し子がおり、過去には犯罪の後ろ暗い影がつきまとっている。
その犯罪の影のせいで一家は長く全米を転々と暮らす生活を余儀なくされる。


母は敬虔なモルモン教の家に生まれるが、若き日はその容姿の美しさもあり、両親や教義に反発し奔放な生活をする最中フランクと出会い結婚するに至る。彼女もまた幼き日に父から受けた虐待を深く心に刻みつけられた人物である。


作中で示唆されるのは、ゲイリーの人格を破壊してしまった主要な原因は父による度を越した暴力であるが、そこには血なまぐさい歴史をもったモルモン教も影を落としている。

ギルモア家には四人の兄弟が生まれ、本書の主役であるゲイリーは次男で、マイケル氏は末っ子の四男にあたる。
著者のマイケルだけは、他の兄弟たちとはかなり歳が離れているため暴力を受けることなく育つことができたが、長男のフランク・ジュニア、次男ゲイリー、三男のゲイリーは同じように崩壊し荒んだ家庭環境にありながら、それぞれ異なった道に進むことになった原因はなんであったのか、結局どう転んでもゲイリーは破滅に向かうしかなかったのではないかと思わせる、そんな虚しさがある。


村上氏が心理学者河合隼雄氏との対談の中で、本書について人の運命は生まれた時点で決定してしまっているのではないかと強く影響を受けたということを語っていたが、確かにそんな考えから逃れられない説得力のある一冊であった。