テレビを捨てて本を読もう

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ふしぎの海のナディアプレイバックその2(18話~31話) 無人島編もちゃんと意味がある(と思う)

かなり間隔をあけながら飛ばし飛ばし見ているのだが、アマゾンプライムビデオ会員特典となっているふしぎの海のナディア、また中途半端な区切りになってしまったがとりあえず現在見ているところまでまとめたい。

 

 17話がジャンとナディアが空を飛び、一つ試練を克服した回。
18話からまたストーリーが大きく動き始める。ネオアトランティスとの戦いで疲弊したノーチラス号の補給のため南極の氷の下にある秘密基地を訪れるというロマンあふれる回が18話~19話。

20話~22話がガーゴイルとの最大の対決に敗れノーチラス号が瓦解するまで。
そして23話から子供たちだけの無人島編に入る。

無人島編は実質一話完結型の日常コメディなので、全37話のうち22話まででかなりストーリーのクライマックスに近づいているといえる。

子供の頃再放送をやっていた時は途切れ途切れにしか見ておらず結末も知らないのだが、南極基地のところなどは今改めて見てもワクワクしたし、ネモの正体はやっぱりかーという感じだった。ネモさんは相変わらずいいようにガーゴイルの罠にハマって結局やられちゃうし、その辺は昔のアニメだなというところだが。

この辺りまではもう30年も前のアニメと思えないほどクオリティも内容も面白いのだが、23話から全く別物といってもいいアニメが始まる。
作画も崩壊してるわナディアも急におバカキャラになるわ本筋と全く関係ないエピソードが続くわでなんだこれはと思っていたら、どうやら37話も全力でやり切る余力がなく韓国の会社に作画を外注したとのこと。

内容もいきなりギャグ路線になってるので、そもそも37話もあるのは実質尺余りとのことのよう。1クール、多くても2クールが主流の今のアニメからすると羨ましいようなそうでもないような。

なのでこの無人島編は一見不要な尺稼ぎとも思われても仕方ない気もするが、実はそうではないのだと思う。

このアニメのストーリーのメイン部分、ノーチラス号のパートは大人たちに守れたいわばモラトリアムの期間だ。大人たちに保護されていたなかでもガーゴイルとの戦いの中で、苦しみや悲しみ経験し、少しずつ大人に近づいていく。

それがノーチラス号の崩壊により、ナディアたちは無人島へと流れつき子供だけでサバイバル生活を送ることになる。何も分からないままに未知の世界へと放り出される。
このアニメのテーマの一つが「大人になること」とすれば、大人たちの庇護の下から外れ自分達だけで生きていくことは、モラトリアムからの卒業も表しているのだ。

また、未来科学の世界だったノーチラス号と、何もない原始の世界のリンカーン島という対比も上手い。これらはどちらもナディアとジャンにとっては異世界だ。人間は子供から大人になる過程で様々な異世界に触れることで成長していく。

異世界とは現実でいえば、中学に進学して知らない生徒が増えたりして環境が変わることだったり、レジャーや旅行などの体験だったりする。

危険な戦闘などはあってもあくまで大人の監督下で保護されていたノーチラス号が学校とするなら、リンカーン島は子供たちだけの世界、いわゆる秘密基地のようなものか。子供には大人たちが監視している以外にも子供だけの世界があり、そこでの経験というのは避けては通れない。

よってこの無人島編は、脱モラトリアム、子供だけの世界、非日常の異世界、といったメタファーである。

もちろん無人島での生活はコメディ風にはなっているものの実際にそんなに生易しいわけではない。
この無人島生活でナディアの過剰なまでのわがままぶりと菜食主義と反科学主義を強調して表現しているのはどうなのかと思うのだが、ここまでの過程を考えると、ナディアの精神も不安定になってしまうのも決しておかしなことなわけでは無いと思う。

作画の崩壊と急な日常コメディパートに入ったせいで別物アニメを見ているような感覚に陥ってしまうが、ナディアは無人島に流れ着く直前にようやく生き別れの父の正体が分かったと思ったらまたも離れ離れになってしまった上に、ブルーウォーターというわけの分からん宝石の宿命に囚われている。

14かそこらの女の子が背負うにしては壮絶すぎる宿命を背負っているのだ。その整理もつかないまま誰もいない島に漂流、なんてことになるとどこかぶっ飛んでしまうのも無理はないのだ。

反対にジャンが逞しすぎるというのもある。元々タフでへこたれない性格というのもあるが、ジャンはフェイトの死、父の死の真相という試練をすでに乗り越えている。17話で空を飛んだことでジャンは既にキャラクターとして完成されたようなものだが、ナディアにはまだそれがない。ナディアがこのアニメのヒロインであり主人公でもあるので、このアニメの最後まで試練に向き合い続けなければいけない。

自分の人生を考えるにあたって、無人島という何もない環境は、自分の血筋、生育環境、価値観、などこれまで自分が取り巻かれていたものから解き放たれて、一度リセットし自分をフラットな目で見つめ直すことができるものだ。
要は自分探しの旅に出たいとかいって仕事を辞めて旅出たりとか、そういうやつだ。確かに一度フラットな環境に身を置いて自分を見つめ直すということは必要な過程ではないかと思うのだが、しかし全てからリセットされたと思っても、結局はまた自分と向き合うはめになる。

漂流した無人島のそばにたまたま動く島が現れて、移り住んだそこが実は自分のルーツとなる宇宙船だったなんて出来すぎもいいところだと言いたい視聴者の方もいらっしゃただろうが、これも人生というものをよく象徴していると思う。

色んなしがらみやくびきから逃れたと思っても、結局は自分自身からは逃れらないのだ。何もない島に流され、そこで一から自分をやり直そうと思ったところで、「自分」とは絶対に向き合い続けなければならない。

傑作アニメの中の全くの駄作のようで、実は意外と生きる上で大事なことを言っているのがこの無人島編だったのではないかと思った。